今までの研究テーマの概要:生き物のような機能性ソフトマテリアル

生体では、タンパク質などの異方性ナノコロイドが自己組織化的に精緻な三次元秩序構造を形成するとともに、その構造を時空間に渡って制御することで高度な機能を実現しています。このような洗練されたシステムを人工系で構築し、生体機能をも凌駕する革新的ソフトマテリアルの創成へと繋げることは、材料科学分野の大きな目標です。

我々は、ナノサイズのビルディングブロックとして負に帯電した酸化チタンナノシート(T. Sasaki et al. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 8329; 図1a)に着目し、水中にてナノシート間に働く相互作用(ファンデルワールス引力と静電斥力; 図1b)を自在に制御する普遍的手法を確立しました。これにより、ラメラ構造(図1b)におけるナノシート間距離を数nmから数百nmの範囲で戦略的に変化させることが可能となり、ナノシートの集合構造を空間的・時空間的に制御することに成功しました。その結果、「構造色を自在に変化させる、熱帯魚のような動的フォトニック結晶(研究テーマ1)」、「世界最大の力学的異方性を示す、動物の関節軟骨のような異方性ハイドロゲル(研究テーマ2)」、「高速かつ可逆的に力学物性を変化させる、ナマコのような刺激応答性ハイドロゲル(研究テーマ3)」、「時空間的な秩序を有する、繊毛運動のようなナノシートの進行波(研究テーマ4)」など、生き物のような秩序構造と高度な性能を示す機能性ソフトマテリアルの実現に至っております。

図1. (a) 酸化チタンナノシートの透過型電子顕微鏡(TEM)画像(左)と概念図(右)。(b) 水に分散した酸化チタンナノシートが形成するラメラ構造の概念図(左)と走査型電子顕微鏡(SEM)画像(右)。酸化チタンナノシートの間には静電斥力とファンデルワールス引力が働き、これら二つの力が長距離で拮抗する結果、ナノシートが一定間隔を保つ。SEM画像中の白矢印は一枚のナノシートの断面を示す。

材料科学分野では従来、ビルディングブロック間に働く「引力的」相互作用(例えば、水素結合・ファンデルワールス力・疎水性相互作用など)が積極的に利用されてきましたが、静電斥力などの「斥力的」相互作用は、その制御の難しさから材料設計における戦略的な利用は困難でした。これに対して、我々の研究では無機ナノシート間に働く「静電斥力」に着目し、合理的に制御することによって、新規ナノシート集合構造の構築に成功し、高度な機能を有する様々なソフトマテリアルの開発に成功しました。従来利用されてきた「引力的相互作用」だけでなく、「斥力的相互作用」を材料設計に戦略的に利用することによって、既存の手法では構築不可能な創発的スマートシステムの実現が期待されます。

研究テーマ1:構造色を自在に変化させる、熱帯魚のような動的フォトニック結晶

フォトニック結晶は、屈折率が異なる物質を光の波長と同程度(数百nm)の間隔で並べたナノ周期構造の材料であり、光を自在に操るツールとして期待されています。ある種の熱帯魚は、細胞質中にグアニン結晶のナノシートを一定間隔で配列したフォトニック結晶を有しており、特定の波長の光を反射する結果、鮮やかな構造色を発現します。特筆すべきことに、熱帯魚のネオンテトラやルリスズメダイは、環境の変化に応答してこのナノシートの距離や角度を変えることで、自らの体色を高速かつ自在に制御しています。もし、このような動的フォトニック結晶を人工的に構築することができれば、カラーディスプレイ・色検知式センサ・構造色インクなどへの応用へと繋がることが期待されます。

本研究は、酸化チタンナノシートの開発以来約20年に渡って見落とされてた事実を偶然発見したことに端を発します。酸化チタンナノシート(図1a)はチタン酸塩の層状結晶を水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液で処理することによって単層剥離されます。その表面には高密度の負電荷を有しているため、水中ではナノシート間に静電斥力が働き、この斥力とファンデルワールス引力の釣り合いによって、ナノシートは水中で一定間隔を保ちます。しかし、今までの研究において酸化チタンナノシート間隔は最大でも50 nm程度と可視光波長には及ばないため、その水分散液は一般に白色散乱を示すに過ぎませんでした。このような常識の中、我々は遠心分離操作によって酸化チタンナノシートを精製しようと考え、遠心分離で得た沈降物を純水に再分散させたところ、驚くべきことに、もともと白く濁っていた分散液が鮮やかな構造色を示しているのを偶然発見しました(動画1)。

動画1. 99%以上が水からなるにもかかわらず、鮮やかな構造色を示す動的フォトニック結晶

コロイドのDerjaguin-Landau-Verwey-Overbeek (DLVO)理論および実験による詳細な検討の結果、「ナノシートの剥離過程において余剰イオンが生じており、これがナノシート間の静電斥力を著しく遮蔽していた」という酸化チタンナノシートの開発以来約20年に渡って見落とされていた事実が明らかになりました。余剰イオンが遠心分離操作で取り除かれることでナノシート間に働く静電斥力が最大化され、ナノシート間隔は50 nm程度から最大で675 nmまで増大する結果、ブラッグ反射により鮮やかな構造色を示したのです(動画1)。得られた水分散液は99%以上が水からなる動的なフォトニック結晶であり、「ナノシート濃度を変えるだけで、反射波長を紫外〜近赤外の超広域波長領域に渡って簡便に調節可能(図2)」、「温度やpHに対して静電斥力が鋭敏に応答するため、熱帯魚のように構造色を瞬時に変化可能」、「磁場に対してナノシートは垂直配向するため、磁場印加によってナノシートの配向と構造色の自在制御が可能」といった特色を併せ持ちます。

図2. 酸化チタンナノシートの濃度を変えることによって、紫外から近赤外という超広域波長領域に渡って、動的フォトニック結晶の構造色を制御できる。近近赤外領域においても構造色が見えているのは、二次や三次の反射ピークが可視領域に存在するためである。

参考論文:
K. Sano et al. Nature Commun. 2016, 7, 12559. [DOI: 10.1038/ncomms12559]
Y.-Y. Zhan et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202311451. [DOI: 10.1002/anie.202311451]

研究テーマ2:世界最大の力学的異方性を示す、動物の関節軟骨のような異方性ハイドロゲル

動物の関節軟骨は高密度の負電荷を帯びた高分子で構成され、高分子間の静電斥力によって高い耐荷重性と低摩擦性に繋がっていると言われています。これに触発され、ソフトな構造材料の設計において「斥力」というコンセプトを導入することで、酸化チタンナノシート間に働く静電斥力を内包した力学的異方性ハイドロゲルが報告されています(M. Liu et al. Nature 2015, 517, 68.)。このハイドロゲルはナノシート間に働く静電斥力のために、シート面に対して垂直方向には硬く、平行方向には変形しやすいという特異な性質を示します(図3a)。そのため、免震材料や人工軟骨への応用が期待されますが、この先行研究においては力学的な異方性パラメータ(垂直方向と水平方向の弾性率の比)は3程度と他の研究(世界最大の力学的異方性パラメータは約15)に比べても小さく、静電斥力の潜在能力を充分に発揮できていませんでした(図3b)。

本研究では、研究テーマ1において得られた知見を利用し、コロイドのDLVO理論から導かれる(1)系の余剰イオン除去及び(2)系の誘電率の増大という2つの合理的な戦略を用いることによって、ハイドロゲル中で無機ナノシート間に働く静電斥力を最大化し、ゲルの力学的異方性の最大化を目指しました。第一の戦略として、「研究テーマ1と同様の手法による余剰イオンの除去」を、さらに、第二の戦略として、「より誘電率の高いモノマーの利用」を行ったところ、力学的異方性パラメータは3から85へと劇的に向上し、世界最大値(約15)を大きく上回ると結果となりました(図3b)。さらに、得られた異方性ハイドロゲルは、その高い力学的異方性のために、幅広い周波数領域にて優れた免震性能を示す高性能な免震材料となることも明らかになりました。

図3. (a) 酸化チタンナノシート間に働く静電斥力を内包した異方性ハイドロゲルの力学的挙動と (b) 代表的な異方性ハイドロゲルと本研究の力学的異方性パラメータ。

参考論文:
K. Sano et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 2532–2543. [DOI: 10.1002/anie.201708196]
K. Sano et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12508–12513. [DOI: 10.1002/anie.201807240]
K. Sano et al. Polymer 2019, 177, 43–48. [DOI: 10.1016/j.polymer.2019.05.064]
X. Wang et al. Science 2023380, 192–198. [DOI: 10.1126/science.adf1206]

研究テーマ3:高速かつ可逆的に力学物性を変化させる、ナマコのような刺激応答性ゲル

SFや神話には、無機生命体がしばしば登場します。これらのストーリーは、科学者に「無機物質のみで生体のような動的機能を実現できるのか」という挑戦的テーマを投げかけます。改めて生体に着目すると、水を豊富に含んだ階層構造を持ち、柔軟性や刺激応答性を示す固体であることが分かります。一方、無機物質は基本的に硬く、刺激応答性に乏しいため、生体のような動的機能を実現することは困難です。もし、刺激応答性ハイドロゲルを無機物質のみで作製できれば、無機物質に由来する優れた機械的特性や耐久性などを兼備することが期待され、次世代スマートマテリアルの設計戦略を拡大するはずです。

本研究では、酸化チタンナノシートと水のみからなるハイドロゲルが、温度に応答して内部のネットワーク構造を動的に組み換えることで、ナマコのように力学物性を可逆的かつ高速に変化させることを見出しました (図4)。このゲルは無機ナノシートという二次元物質からなるネットワークから構成され、高分子やナノファイバーなどの一次元材料が形成するネットワークからなる従来のゲルとは本質的に異なります。このゲル-ゲル転移は、ナノシート間に働くファンデルワールス引力と静電斥力のバランスを熱的刺激によって精密に制御することによって駆動されます。さらに、光熱変換ナノ粒子を添加することで、このゲルの物性を光刺激によって時空間的に制御することにも成功しました。

図4. 無機ナノシートと水のみからなる刺激応答性ハイドロゲルは温度に応答して、「斥力支配のゲル」と「引力支配のゲル」を可逆に転移する。

参考論文:
K. Sano et al. Nature Commun. 2020, 11, 6026. [DOI: 10.1038/s41467-020-19905-4]

研究テーマ4:時空間的な秩序を有する、繊毛運動のようなナノシートの進行波

生体内では、タンパク質などの動的ナノユニットが三次元秩序構造へと集積化・協働することで、個々の小さく単純な動きが巨視的で精緻な動きへと繋がっています。今日まで、分子機械や自己駆動コロイド粒子といった動的ナノユニットが人工的に合成されてきましたが、これらの協働による巨視的な動的機能発現は依然困難を極めます。もし、無数の動的ナノユニットを集積・連動するための設計指針を確立することができれば、生体や精密機械のように複雑な動的機能を示す創発的システムの構築が期待されます。

本研究では、酸化チタンナノシートを水中に精密に配列させて化学的刺激を与えると、数十億枚ものナノシートが非平衡状態において協働的に動き、空間的かつ時間的に秩序を持つ巨視的な波運動が発生することを見出しました(動画2)。この一方向に伝播し続ける波運動は、水中にてナノシート間に働くファンデルワールス引力と静電斥力のバランスが、化学的刺激(イオンの拡散)によって徐々に変化することで駆動されます。この波は繊毛運動のように一方向に伝播し、均一な速度でポリマー微粒子(直径:5~20 µm)を輸送できることも明らかになりました。

動画2. 酸化チタンナノシートの水分散液に強磁場を印加すると、単一ドメイン構造が形成される。ここで、化学的刺激としてイオンを一方向から導入すると、その拡散に伴ってナノシート間距離が徐々に減少する。その結果、数十億枚ものナノシートが連動して集団的に動くことで一方向に伝播する巨視的な波運動が発生する。

参考論文:
K. Sano et al. Nature Commun. 2021, 12, 6771. [DOI: 10.1038/s41467-021-26917-1]